2008年7月
ラジオ体操の騒音
何気なくネット開いていたら、ラジオ体操の騒音問題で当ブログが出てきた
以前、公園の噴水で子供が騒ぐので、隣接する住民が苦情を言い、噴水がストップした問題で、私も早朝のラジオ体操で迷惑していると書いた
http://roppongi-funsui.way-nifty.com/blog/2007/10/post_5ebf.html
実は、先日その騒音に我慢出来ず、文句を言いに行ったのだ
6時半からなのに、6時前からラジオを鳴らす![]()
カナリの音量である![]()
ラジカセの所まで行き、周りの年寄りに「責任者かリーダーみたいな人は?」と聞くが素知らぬ風
「あんだよぉ」と言ってくるガキの方がましだ
電源コードを引っこ抜いて待つこと数分
お爺さんがやってきて、開口一番
「うるさいですか?」
以前にも苦情があったのだろう
「うるさいよ、それにまだ6時前じゃない、ラジオ体操6時半からだろ」
返ってた答えがふるってた
「お嫌いですか?」
「???」
じいさん、自分でもトンチンカンなこと言ってしまったと気づいたらしいが、勇んで出てきた手前もあって、「20年前からやっている」等と抵抗する
直ぐに激高するタイプらしく、声も震え出す
宥め賺すように、
「何故、ラジオ体操と関係ないラジオを大音量で鳴らしてるの?」
と聞いても、まともな答えは返ってこない
当たり前だよね、自分でも正当な理由などないの分かっているはずだ
以前にも誰かに文句言われて、意地になっているんだと思う
「夜遅く、花火なんかでバカ騒ぎしているガキ共と、同じじゃないか」
と追い打ちをかけると、
「どこの家だ!」
よしよし、いい度胸だ、そう来なくちゃ
ラジオを鳴らし、家の前まで連れて行くと、意外にあっさり
「聞こえるね」
「ね、たのむよ、音量下げて、6時半からにして」
「みんなと相談してみる・・・」
その後、2,3日して、6時半開始、音量はグッと下がった
苦情を言いに行ったら、逆に罵声を浴びたという可哀相な人達も、諦めずに文句を言った方がいい
たぶん、当方もそのうち次第に音量アップされるかも知れない
そしたら、今度は容赦しないよ、乗り込んでって壇上占拠してやる![]()
得意なんだから・・・
吉田修一「7月24日通り」
吉田修一「7月24日通り」
偶然に7月24日前後に読んでいた
ちなみに当日は土用の丑の日であったが、ウナギは食べ損なった
会社で例年催してる「暑気払い」だったのである
生ビール2杯、日本酒冷やコップ2杯、酎ハイ3杯くらいですっかり出来上がってしまった![]()
弱くなったもんですなぁ
だからという訳なんだろうか、どうにも恋愛小説が苦手になった![]()
推理小説以上に駄目かもしれない
吉田修一だから、まぁいいか
ポルトガルのリスボンにある町や建物、通りの名前を、自分が住んでる場所に自分で付けて喜んでる女の話
似たような奴知ってるけど、大したことじゃない
最後にわざとらしく、小ざかしいどんでん返しを見せてくれたが、どうでもいいよ
![]()
![]()
この世は理屈じゃないのね、何で貴女はそうなっちゃうの、どうにもならないじゃないってな、スブスブの話の行き着く先が、悲しい女の性(さがと読む)なのね・・・、これで納得しましょうね・・・あんたも貧しい男の性をどうにかしなさいよ・・・ ・・・
こうゆうのは、夏に読んじゃいけませんな![]()
暑いね![]()
ぐれぐれもご自愛下さいな![]()
井上準之助と城山三郎のゴルフ
井上準之助はゴルフ好きだった![]()
JGAのホームページにも次のようにある
関東初のゴルフ場「ニッポン・レース・クラブ・ゴルフィング・アソシエーション根岸コース」が誕生して2年後の1908年(明治41年)、後に東京ゴルフ倶楽部創立に力を注ぐこととなる井上準之助は、日本銀行ニューヨーク代理店監査役として米国へ渡った。そこでゴルフに出会い、すぐにゴルフに熱中し始めた。
帰国してもゴルフ熱は冷めることはなく、当時関東唯一のゴルフ場だった根岸コースへ出かけては、プレーを楽しんでいた。しかし、根岸はあくまでも在日外国人のために作られたゴルフ場。遠慮しながらのプレーにほとほと我慢できなくなった。そしてついに、1913年(大正2年)に舞子CCや甲南GCに先駆けて、井上は日本人によるゴルフ倶楽部創立に乗り出した。まず、社交グループ「東京倶楽部」の会員から有志をつのって、同年12月8日に「東京ゴルフ会」を組織。これを母体として「東京ゴルフ倶楽部」を設立したのである。
用地は、現在の駒沢オリンピック公園にあたる通称「大切山(でんぎりやま)」とした。1914年(大正3年)1月に手作業による工事を始めて、同年5月24日に6ホールが完成し、仮オープンに至った(その後9ホールとなる)。ついに、日本人による日本のゴルフ場が誕生したのだ。
井上はあまりゴルフは上手くなかった
「井上のドライバーの飛距離は、五郎(井上の息子)の9番アイアンで届く」(城山三郎「男子の本懐」)
金解禁から1周年を記念して、実業家や官僚とのゴルフ大会。スコアは121。38人中38位に終わった。(同上)
「もっとも、腕前も相変わらず。いかにも井上らしく、人々が見守っている1番のティ・ショットだけは上手いが、後は楽しみと健康のためのゴルフである。
ボールが曲がったりして、ぐずぐずしているのが大嫌い。
『きみ、1点やるから、先へ行こう』
と、前進あるのみのゴルフであった。」(同上)
えっ?井上さん賭けてたの?
しかし、曲げてラフに行ったのも打たないで、「先へ行こう」はないでしょ![]()
こんなゴルフつまんないよ
井上はゴルフの本当の面白さを分かっちゃいなかった
ゴルフはミスのスポーツ
曲げた後のリカバリーや叩いた後のホールでどうするか?
技術もさることながら、気持ちをいかに自己制御できるか考えるのが楽しい![]()
フェアウェイにあっても、風力、風向、周囲のハザード、ピンの位置、残り距離なんかを考えながら、曲げたらどうしよう、番手は大きすぎないか、芝がキツいのでダフりゃしないか、若いキャディの前で良いとこ見せてやるかとか・・・、その他余計なことも含めて,考えながら楽しめる遊びなのです。
城山三郎はゴルフについての本も出している
名著である「ゴルフの時間」
本の表紙に色々書いてある
「スコアなんてゴルフの楽しみの7分の1にすぎない」
「四季折々の花鳥風月を愛でる、美酒佳肴(かこう)をともにしながら人と深く交わり親しむ至福の時間」
何時までも美酒をともにしてると、帰りがマズいことになっちゃうけど・・・
![]()
城山さん、この中で井上準之助の言葉を紹介している
「only regret bad score」
唯一の後悔は悪いスコアだけ(それ以外は全て楽しい)
26日ゴルフの言い訳に使わしてもらおう![]()
城山三郎「男子の本懐」
城山三郎「男子の本懐」
以前から読みたかった本ではある
ライオン宰相と呼ばれ、東京駅で銃撃されそれが故で死んだ浜口と、血盟団によって殺された井上準之助の話
期待していた年月が長すぎたせいなのか、ウーン・・・
テロられた場面でも城山三郎の抑えた筆運びが物足りないのはしょうがないとしましょう
それが城山文学の神髄だと私は思うからだ
ただテロった側の説明記述がないのは、浜口や井上の名前も知らない人には時代説明としてもマズいんじゃないかと思う
まあ、浜口、井上を知らない人達は、そもそも城山三郎は絶対に読まないだろうけど・・・
たしか、去年亡くなっちゃたし・・・
1929年(昭和4年)張作霖爆破で辞任した田中義一の後、謹厳実直、誠実、頑固、無口と言われた浜口が首相になる
ライオン宰相って、聞いたことないかね
明治以来日本は、ガンガン軍備増強をすすめており、国家予算に占める軍事費の割合が多すぎるとの主張は、浜口が一貫して述べていたものらしい
軍部の猛反対の中で、ロンドン海軍軍縮を締結
蔵相には金解禁論者の井上準之助を起用
金解禁・金本位制の復帰を強硬に実施、緊縮政策を推し進める
役人の給料カットなんか大反対にあうも、おかまいなし
戦争へと一途に突き進む日本が、ちょいその歩を僅かながら緩めた時だったんだろうか
1930年(昭和5年)11月、浜口は東京駅で右翼に銃撃され、これが故で翌年の8月に死ぬ
浜口の後の若槻内閣時にも、井上は蔵相に就任、蔵相はオレがなるのは当然とばかりだった
しかし緊縮財政政策は強まるばかりで、恨みは買うばかり
時世界恐慌
深刻な大不況に陥る
こんな中でドル買いの利ザヤで財閥系金融機関は大儲けする
井上は独断専行、言ってみればKY
その前、山本権兵衛内閣の蔵相時には、関東大震災の復興策として我が国初のモラトリアムを実行する
これは就任式の当日、いきなりであったそうだ
海外生活も長く、良く喋り、目立つことの好きな、やな奴だったと思う
浜口が1930年11月に狙撃され、翌年8月に死亡
1932年(昭和7年)2月、井上は血盟団によって銃撃されて殺される
5月15日には、若槻の後の首相、犬養毅が殺される、5.15事件
雪崩を打って侵略戦争に突き進む日本帝国主義の中の一コマです
「男子の本懐」とは、浜口が東京駅で銃撃され、運ばれた駅長室で浜口自身が言った言葉だそうだ
軍縮、財政緊縮など軍部・右翼・財界と対立構造を必然的に伴う政策実行なので、死ぬ覚悟だったのは充分分かる
全ては「時代」なのだろうか、「男子」という括りも、死の覚悟も、遠い日々であろうか
免許更新講習
免許の更新の講習に行ってきた![]()
正式になんて言うのか忘れたが道交法に拠るものだそうだ
飯の種に大いになっているんだろうけど、まあ必要なんでしょうね
交通事故が、酔っ払い運転によるひき逃げなど悪質化しているのは問題でしょうよ
思えば、かつては少々ではありますが飲んで運転しましたねぇ、危ないもんだ
今じゃ、とてもそんな若さも、気力もない、ってそうゆう事か?
最初に見せられるビデオ
昔に比べりゃ、上手くなっていると思うよ
今日のは酔っ払い+ひき逃げとういう実際の事件の被害者遺族が、切実に訴えるというもの
上映中、手を顔にやっている人もいましたね
事故にあった被害者が、皆若い人や幼い子供達だった
これは意図的ですな、偶然ではあるまい等と、難癖付けるつもりはない
我が子を突然失った親たちが、なかなかその死を受け入れられない様は筆舌に尽くしがたい
事故を起こした加害者も若い人だった
泣き虫オヤジが泣かなかったのは、このお役所がどうにも嫌いな所為もあるのだろうか、不思議である
どうにも偶発的で防ぎようのない事故はともかくとして、飲酒やひき逃げを防ぐのは、このお役所の権力では出来ない
いくら罰則を強化しても無理です
人間罰にも慣れるものですよ・・・
もらった免許を見たら、3年後の更新になっていた
青の5年だったのに・・・
過去、3点以上の違反をしたと言うことのようです・・・
仕事で公園内に止めず、路駐していたら持って行かれたのは記憶しているが・・・
酒毒で脳が溶け始めているようなオヤジは、次回更新時要検査だ![]()
しかし、3年後かぁ・・・
暦が還ってくるのね・・・
荒和雄「支店撤退」
荒和雄「支店撤退」、副題は銀行の内幕
バブル崩壊後の「あおぞら銀行」という下位都市銀行の浅草支店
地元浅草出身の高倉が支店長として移動してから1年で閉鎖が決まる
作者は元都民銀行出身で、浅草支店にも支店長として勤務していたようで、銀行の勝手な振る舞いを批判しているようだが、逆に現場で働く支店長奮闘記みたいなもの
私も自分の取引銀行ではないが、「銀行の身勝手な振る舞い」には泣かされました![]()
みずほになる前の第一勧銀
取引先の会社の債権を自ら取り上げ、いきなり会社と社長個人の口座を閉鎖
この時、社長は全く使い物にならない息子を現場に連れて、噴水のメンテナンスに来ていた
突然の事態が、携帯で知らされる
慌てふためいて、会社に戻る社長
その後、どうにもならず民事再生手続きも出来ないまま、破産
何があったのか、経営実態の正確な詳細は未だに分からないし知りたくもないが、お陰で我が社は2500万円の不渡り手形を掴まされてしまった![]()
第一勧銀は不良債権減らし・融資引き上げを急いだのだろうけど、工事受注残等からしてこの会社を潰しても得なことはなかったようだ
でも、そんなことはどうでも良い
第一勧銀の身勝手な行為のお陰で、こちらは2500万円の不渡りですよ![]()
他にも2000万円超の盤屋さん
二人で一緒に「なんとかしろよ」と、ダメ元でも社長に掛け合いましたよ
この時急遽借り入れた借金は、もうとっくに完済したので、今は平然としておりますがね
眠れませんでしたよ、ホント
お陰様をもちまして、創業以来22年、銀行に泣かされる事態は経験しないですんでるが、明日は我が身と絶えず心得えていないといけない
この国の銀行は、この国が変わっていないんだから、体質は全く変わっていない
かつて11あった都市銀行が今や3つ
大昔に叫んでた文字どおりの金融寡頭制
そんな支配形態とは無関係に、零細会社が銀行と付き合う方法の一つは、プロパーでは借りないってか
まあ、借りられる人が言うことですが・・・
大幅に話がそれましたが、この「支店撤退」、顧客に迷惑がかかるとか何とか言いながら、結構のんびりとした銀行内のお家のお話でした
きっと、荒和雄さん、いい人だから都民銀行お辞めになったんでしょうねぇ
葬式
金曜日の夜に訃報が入り、土曜日にお通夜に行ってきた
亡くなられたのは同業者の社員
未だ38才
会社内で倒れたが、くも膜下だったそうだ
ドナー登録をされていたそうで、脳死判定だがご意志を尊重されたのでしょう
年に何回か訃報を受け葬儀に参列もしますが、若い人の葬式は辛いね
皆さん泣いてました
人柄のとても良い、真面目な人だったので、列席された友人とおぼしき同世代の人達も、泣いていました
健康であればなおのこと、もう少し生きましょうね
お仕事ゴルフ
取引先の会長御夫婦と3人でゴルフ![]()
少々意味ありげでもあったのだが、何故か心境の変化というか妙な心持ちになってしまった
「今日一日、間違っても仕事の話だけは絶対にすまい」
と、朝パッティンググリーンで決意したのだ
何故かは解らんが、決意した![]()
話が仕事絡みになりそうになるや、ゴルフの話に意識的に戻しもした
お陰で午前中、変に青臭いゴルフになってしまった
午後は先方も、ご夫婦共ご高齢であるが故か、病気と治療の話に終始し、むしろ勉強にもなりもうした・・・
記念写真でもと思ってリコーGRもゴルフバッグに忍ばせていたのだが、何故かそれを実行するにはとてつもない決意がいりそうになり、カメラ取り出せずじまい
帰宅し、今思うと「とても至福の時を過ごせたな」、とういう感もあった
ありがとうございました
お二人はこんなブログはご覧にならないだろうけど、また愉しく御一緒させて下さい![]()
猫の目は丸いのである














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