散髪
散髪に行く
車に乗って、40キロも先の床屋である
何故ここかというと、店の主人が私の父の弟子だからである
弟子と言ってももう65才であるのだが
私の父は床屋のオヤジであったが、理容学校の先生でもあったのだ
彼は謂わばオヤジの最後の弟子なのだが、独り立ちして、偶然にも私が以前務めていた会社の傍で開業していたのだ
それを知ったのは、父の死の1ヶ月くらい後になってのことだった
父の死がそれを教えてくれたのだと、今でも私は思っている
父が倒れて以来、床屋嫌いになっていた私は、今では彼のところで散髪してもらっている
私の頭を刈りながら彼はよく、父に感謝しているという
今日も言っていた
それは彼がまだ見習いだった頃の話
当時フランスから有名な理髪師が来日して技術講習会があった
彼は父の鞄持ちで連れて行ってもらった
そこで父はレザーカットを直々に習得して、そして彼に教えた
銀座の床屋にも修行に行かせてもらったそうだ
独立してもこのレザーカットのおかげで、悠々と営業しこられた、とまで言った
彼の、この父の話には、私は弱い
うん、うんと言って、頷くのみである
今日もハサミは使わずに、手際よくレザーカットでさばいてくれた
終わり際、後ろで大きな鏡を構えて、仕上がり具合を確認させてくれる
そして最後に頭頂部分に持って行き
「まだあるよ」と、余計なことも言ってくれる
父36才の時
生まれたばかりの私を抱いて写真に収まっている父の頭髪は、既に薄かった、かなり・・・
親子二代の頭を熟知している彼だからこその、深い重みのある言葉なのである
「まだあるよ」
・・・
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